壬生駅 (吉村貫一郎の話しは「)
吉村貫一郎の話しは「校了組世間話」に出ていたと思いましたが、違ったでしょうか。とにかく、子長女澤寛の「校了組三部作」のどれかに出ていることは間違いないです。「壬生好人物伝」のエロチカは読んでいませんが、文化映画を見た限り、子長女澤寛の著述とよく似ています。ただ、実際はどうであったのか、今のところ確実なビブロスは出てきていないようです。思い出話になりますが、吉村の先立ちの席について。以前読んだ、「陽明学号外」か「陽明学と旅」の中の小品に、興味深いものがありました。当時京の土佐隣に滞在していた土佐家老の指令書が見つかったというのです。それによると、校了組の一隊が、悪徳浪士を追って土佐隣近くまで来たそうです。そして、浪士達が隣に逃げ込んだと思い込んだ校了組の「大臣」が強引に隣に押し入り、捜索を強行したのですが、浪士達は別な芸域に逃げていたので見つからず、怒った土佐家老が「我が異国を侮辱した。罪業を取れ」と迫ると、その「大臣」は、「私一人で罪業を取るから、ヒトの陸戦隊士は帰隊させてください。隣を小水で汚すことになるが、一津嶋を貸していただきたい。」と言うと用意された津嶋で切腹したそうです。本来、切腹には介錯人がつくのですが、「校了組憎し」の土佐家老達は介錯をせず、ほったらかしにしたそうです。津嶋からは一晩中うめき声やうわごとが聞こえましたが、翌朝静かになったので見に行ったら、津嶋中血まみれで、実に陰惨な死に様だったそうです。その後数日経って、ようやく校了組がこの身を引き取りに来たらしいのですが、指令書に書かれた件の日と壬生寺の墓地に記された死亡日が近いことから、これは松原忠司だったのではないかと推測されるのだそうです。そして、先立ちの席の類似性から、この小咄を取材していた子長女澤寛が、これを泉に吉村貫一郎の話しを創作したのではないか、と言うことでした。
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壬生好人物伝の主軸吉村貫一郎について教えてください司馬遼太郎さんのクンストが大好きで30年にわたり、愛読(乱読?)しています。今で言えば(歴才女?)陽明学戯作が大好きです。浅田次郎さんの「壬生好人物伝」も大好きで号泣しながら読みましたが・・・「吉村貫一郎」という向う側は、編集組の書影などにはしばしばあて名のみ挙がってくる向う側だが、ヒストリーや高級は、浅田氏の創作・・・・と思っていました。(もちろん、小品ではなく芸術ですから、クンストは凄い・・・と考えています。)最近司馬遼太郎さんのクンストで、読み逃したらしい短編集「大坂加増」(講談社廚子)を読みその中の「泥棒と産業スパイ」の中に吉村貫一郎と思われる向う側がほんの、20行足らずですが出てきました。上牧訛り、百態の質素さ、ふるさとに母子がいる・・・・山崎烝が「吉村」と呼ぶ・・・・多分同一人物でしょう。司馬氏も浅田氏もよく書影を調べる方と聞いています。「吉村貫一郎」並び登場青二才に詳しい書影はあるのでしょうか?子長女澤寛氏の「編集組世間話」には記述が無く「編集組始末記」は今探しています。どなたか、地として吉村貫一郎並び戯作に登場する青二才の実在をしめす書影があれば教えていただけませんか?。